2013年02月27日

【印鑑・デザイン物語】(その1)


【印鑑・デザイン物語】(その1)


福岡県志賀島 金印公園


印鑑(はんこ)の歴史を学べば、これからのビジネスのヒントが見えてくる!

日本人が時代時代で印鑑(はんこ)と、どういう付き合いをしてきたのか!

なぜ、日本でここまで印鑑(はんこ)社会が定着したのか!

今後、印鑑(はんこ)は、そして印章業界はどのように変化していき、一般

社会にどんな影響を及ぼすのかを全5回シリーズでお届け致します。



“ 人生の節目には、必ずハンコがそばにあります ”


社会人になる方、引っ越して新生活を始める方など

春は一年の中で最もハンコを身近に感じる季節です。

色んな書類に捺す機会が増えます。


しかし、一本のハンコで複数の書類・契約書に捺印していませんか?

お手持ちのハンコは枠が欠けていませんか?

ネットが普及し書類も電子化される時代ですが日本において

ハンコは個人を象徴するとても大切なものに変わりありません。

大切なハンコだからこそ、意味を知って捺印しましょう。




動物と戦う英雄を描いた円筒印章(左)とその印影。マリのイシュタル神殿で発見、
紀元前2600年頃の初期王朝時代 【ルーブル美術館所蔵】


ハンコの歴史は、紀元前3500年の古代メソポタミア時代に始まったと

されています。

世界で最も古くハンコが用いられたのは西アジアと言われ、指輪形の

印章がエジプトで現れました。その当時はハンコと言っても文字の

前段階である模様や絵が彫られていただけだったようです。

最初は粘土板や封泥の上に押すスタンプ型の印章が用いられましたが、

後に粘土板の上で転がす円筒形の印章(円筒印章)が登場しました。


その後、文字が発明されて書くことが主体となっていく中で西洋では

ハンコと同じ役割を持つ手書きのサインにとって代わられていき、

ハンコは西洋で姿を消す前にシルクロードを通って東洋に渡り生き延びました。





福岡藩主黒田家に伝えられたものとして明治維新後に黒田家が
東京へ移った際に東京国立博物館に寄託された。
その後福岡市美術館の開設に際して1978年(昭和53年)に福岡市
に寄贈され、1990年(平成2年)から福岡市博物館で保管・展示され
ている。


日本最古のハンコはいうまでもなく福岡県志賀島で発見された

「漢委奴国王」の金印であり、これは中国の皇帝から授けられた

ものであるとされています。

このことをきっかけに、日本でのハンコの歴史が始まったといわれています。


「漢委奴国王」の金印は3行に文字が陰刻され、蛇の形をしたつまみが

ついています。一辺は2.3センチの小さなはんこですが、重さは108.7グラムと

ずっしり重く、ほぼ22金にあたると推測されています。





日本において紙に朱や黒をもって押捺するハンコの本格的な使用は、

奈良時代に律令の制度が整い、実際に施行されるようになってからで

あると考えられています。


正倉院の所蔵する文書などから奈良時代には絵を職業とする人、河川

運送業をしていた人など様々な人々が「印」を使っていたことが想定されて

います。

更に当時の不動産売買契約にも捺印の事実が確認されています。


※参考文献
門田誠一 「はんこと日本人」
山本桃仙 「不思議なハンコ屋」
平木場泰義 「印相学の知識」


・・・・・・【印鑑・デザイン物語】(その2)へ続く・・・・・・



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Posted by デザインはんこ at 16:16│Comments(0)情報
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